2018年11月28日水曜日

「僕は大胆にど真ん中へ投げるようなことはしたくない」 ―― 快刀乱麻 菅野智之2018


ポストシーズン史上初のノーヒットノーランを達成

1  先発完投型投手の申し子・菅野智之が弾けていた





本当に成し遂げてしまった。

驚きを隠せない。

CS(クライマックスシリーズ)・ファーストステージ出場への一枚の切符を懸けて、2チームが鎬(しのぎ)を削っていた。

2018年プロ野球公式戦・セ・リーグの、最終ステージの景色の炸裂は、言葉にできないほど、緊張感溢れる醍醐味(だいごみ)を味わわせてもらうには充分過ぎた。

有言実行の男は、言うまでもなく、巨人の絶対エース・菅野智之。

殆ど異次元の投球を体現する菅野智之の圧巻のピッチングは、実質的に10月4日に終焉する。

野が3試合連続完封でトップタイ15勝  シーズン8度目完封は鈴木啓示以来40年ぶり

この年も、一頭地(いっとうち)を抜いた猛打の広島打線を9回4安打に抑え、3試合連続完封勝利でリーグトップタイの15勝目をもぎ取った。

そして、この日の自身2度目の3連続完封によって、沢村賞の選考基準全7項目をクリアする。

因みに、沢村賞の選考基準とは、以下の通り。()内は、菅野の成績。

◯登板試合数 5試合以上(28)

◯完投試合数 10試合以上(10完投で8完封)

◯勝利数 15勝以上(15)

◯勝率 6割以上(.652)

◯投球回数 200イニング以上(202)

◯奪三振 150個以上(200)

◯防御率 2.50以下(2.14)


近年、沢村賞の選考基準7項目をクリアする先発投手がいないので、今年から、先発投手が7イニング以上を投げて、自責点を3点以下に抑える、日本型・「クオリティー・スタート」の基準が導入されている。(MLBでは、6イニング以上・自責点3点以下)

この現象は、投手の投球数に制限を加える、合理的な分業制が確立してきた所産であるから、否定すべくもない。

田中将大が「24勝0敗」の「無敗神話」でフィニッシュ

思うに、24勝無敗の2013年の田中将大投手でさえ、完投数が8で、選考基準の6項目のクリアだったことを思えば、公式戦最終盤で、沢村賞の選考基準の全7項目をクリアした菅野智之の成績の凄みは特筆すべきである。

この選考過程を紹介した面白いブログがある。(若干の再構成)

「選考委員の年長者から順番に、平松政次・山田久志・村田兆治・北別府学。1人2~3分ほどで、僕はこの選手だと思います。理由はなんとかかんとかって述べるわけよ。大概、この4人でもってすでに意見が分かれてるもんでね。最後に、委員長役の俺が自分の意見を言った後に調整役に回るんだけど。昨日はなんてったって5人全員が同じ意見だから。はい、終了~だよ。

「カミソリシュート」で有名な、大洋ホエールズ時代の平松政次投手

最後にオブザーバーとして同席してくださっている、セ・パ両リーグの関係者など、賞に携わる方々に『5人の意見がまとまりまして。今年の沢村賞は菅野智之投手に決まりましたがよろしいでしょうか』と報告と承認を得て、晴れて決定と、そういう流れなんだよ。それで昨日はね、『じゃあ、早いけど 記者会見しちゃいましょうか』ってなったら、なんと『まだ記者の方々が集まっておりません!』だって(笑)」

紹介するまでもなく、このブログの主は、かつて、尊大な態度から、「悪太郎」と綽名(あだな)された、読売ジャイアンツ一筋の堀内恒夫。

往年の堀内恒夫投手・「堀内恒夫の多事正論 」より

それは、菅野に対して、最大級の賛辞を贈った堀内恒夫のブログ(「今日もどこであくたろう」)が興味深いので、再度、引用する。

「ピッチャーの分業制が確立してきた今、選考基準を達成するのが難しい数字的に厳しいんじゃないか。そういう意見が内外からある。でも俺としては、賞の冠に『沢村栄治』という名前をつけている限り先発完投型で、その年のNo.1ピッチャーに授与するという伝統は継承していきたい。そう考えているんだ。

沢村栄治・東京巨人軍で活躍し、引退後、第二次世界大戦で戦死した(ウィキ)

そして、沢村さんの栄光に傷をつけないよう目標も高くもっていたい。だからこそ、安易に基準の数字を下げたくない。でも、近年なかなか達成できない。それも現実としてあるので、今季から沢村賞独自のQSの数も考慮することにした。独自のQS(クオリティースタート)とはMLBの基準である6回以上自責点3以内ではなく、7回以上自責点3以内とした。これも完投してもらいたいという意味をこめてあえて7回に設定したんだ。

でも今回は、そんな議論をよそに菅野が全項目をクリアしてくれた。分業制が確立した今でもクリア出来ないことはない。やれるんだ。それを裏付けてくれた大変意義のある沢村賞だったと俺は思っている。菅野、おめでとう!そして、ありがとう!」(「今日もどこかであくたろう」・「沢村栄治賞の総評」2018年10月30日・Ameba)

日本プロ野球界を代表する快速球投手として名を馳せた伝説的投手。名捕手・吉原正喜(右)と共に巨人で大活躍(ウィキ)

これを読んで、堀内恒夫のブログがジャイアンツ・ファンに人気があることが、よく分った。(と言っても、「偏見度」は低い)

「菅野、おめでとう!そして、ありがとう!」という言葉で括る堀内恒夫の気持ちが、ストレートに伝わってくる。

私の心情も、堀内恒夫の思いと重なった。

2018年に、最多勝のタイトルを獲得した多和田真三郎投手(ウィキ)

「9月の時点では、広島の大瀬良くん・西武の多和田くん。この2人の名前が挙がってて、大瀬良くんの方が一歩リードしてはいたものの、今年は揉めるかな~なんて思ってたんだ。そこへ 菅野のラストスパート。これは凄かったねぇ。終わってみたら、ただ1人、選考基準7項目全クリアだもんね」

広島のエース・大瀬良大地投手・2017年11月7日(ウィキ)

「菅野のラストスパート」

完璧過ぎて、言葉を失うほどだった。

冒頭に書いたように、これには驚嘆した。

今振り返れば、開幕直後に連敗(後述)し、酷暑の夏場の低迷も大きかった。

だから、諦めかけた時期もあったと、本人は正直に吐露していた。

公式戦終了までに、多くとも、3試合の登板機会しかない厳しい状況下で、菅野が沢村賞の選考基準を全てクリアするのは、殆ど不可能だった。

「無理だ」

菅野の率直な吐露である。


◯勝利数 15勝以上

◯投球回数 200イニング以上

この3つだけがクリアできていなかったが、この厄介な選考基準を満たすには、あまりに難易度が高すぎるのだ。

それこそ、中5日の強行出場して、3連続完封を成し遂げるしかなかった。

私も含めて、最初から望むべくもなく、疲労がピークに達する最終盤の大きな山場で、そんな奇跡の具現を考える術(すべ)もなかった。

ところが、「絶対エース」は奇跡を起こす。

同上

思いの外、秋風が暖かい季節の援護を受けることなく、菅野智之は何かに憑(つ)かれたように炸裂し、一気呵成(いっきかせい)に成し遂げてしまったのである。

3連続完封を遂行したのだ。

奇跡を呼ぶ、長野久義のサヨナラホームランによって、決戦のDeNA戦で完封勝利を飾ったことが大きかった。

奇跡を呼ぶ、長野久義のサヨナラホームラン

そこから前述のように、広島戦での完封劇を演じ、厄介な選考基準の全てを満たすに至る。

公式戦での菅野智之の1年が終焉した瞬間である。


同時にそれは、「10完投200イニング」を目標にする男が、その目標を達成した瞬間でもあった。

以下、その喜びを、正直に吐露する「絶対エース」。

「狙って取ると公言して取れた。達成感は去年より格段にある。10完投が一番の難題だと思っていたので、最後の先発登板で決められたのはうれしかった。来年も狙いにいく。もっともっと上を目指したい」(サンスポ・2018年10月29日)

中でも、具体的なタイトル以上に、多くの投手が拘泥する「200イニング」という数字の魔力。

小川泰弘投手・速球王・ノーラン・ライアンのように、左足を大きく上げる投球フォームから「和製ライアン」と呼ばれる(ウィキ)

前田健太・小川泰弘(ヤクルト)・山口俊(巨人)・則本昂大(楽天)・メッセンジャー(阪神)・大野雄大(中日)・金子千尋(オリックス)・成瀬善久(ロッテ)・能見篤史(阪神)等々。

ノーヒットノーランを達成した巨人・山口俊投手

それは、先発投手の捨てられないプライドなのだ。

まさに、この年の秋、「10完投200イニング」を達成した、先発完投型投手の申し子・菅野智之が弾けていた。





2  「僕は大胆にど真ん中へ投げるようなことはしたくない」 ―― 快刀乱麻 菅野智之2018





「自分が何者なのか」

自らの認知活動(知覚・情動・記憶・思考)を認知する行為を通して、客観的に自己を分析し、理解し得る高度の能力を「メタ認知」と言う。

「メタ認知」が高い者は、自らが設定した目標の達成・問題解決能力に抜きん出ていると言える。

「対自己・無知」。


これは私の造語だが、「メタ認知」能力の脆弱性を露わにする心的現象である

「メタ認知」能力が脆弱なら、「対自己・無知」、即ち、「自分が何者なのか」であるかという、肝心要(かんじんかなめ)の客観的分析が劣化していことを意味する。

自らの認知活動の総体が劣化している者が、限りなく正確に、自己を客観的に分析する行為などできる訳がない。

無為無策を常態化していれば、脆弱な「メタ認知」能力がアウフヘーベンすることなく、「経年劣化」(性能=能力の低下現象)し、その時々の気分次第で、三次元の海をダッチロールしていくだけだろう。

これは普遍的に言えること。

当然、プロのアスリートの世界にも大いに言える。

人間にとって、「メタ認知」能力の高さが、如何に重要な価値であることか。

それは、プロのアスリートの生命線であり、「創造点進化」の温床でもある。

この「創造点進化」の温床となる格好の事例がある。

日本球界を代表する絶対エース・菅野智之の、「屈辱と挽回」の「初動対応」がそれである。

それ、殆ど未知のゾーンだった。

2018年3月30日。

阪神との開幕戦で、菅野智之の2018年の幕が上がった。

4度目の開幕投手を務めた菅野は、持ち前の制球力に四苦八苦し、思いも寄らず、7回5失点で敗戦投手の憂(う)き目に遭った。


二度目の登板のヤクルト戦では、「絶対エース」の名が泣く、6回5失点の内容。

当然の如く、チャンスで打てない打線の強力な援護もなく、敗戦投手となる。

「巨人のエースに異変が起きた」

スポーツ紙に、ここまで書かれた。

自身初の開幕2連敗を喫したのだ。

自らに厳しい、菅野の野球人生最大の試練であったと言っていい。

初回1死一、二塁で、菅野が青木(左)に適時二塁打を浴び、開幕2連敗

ハワイでの自主トレで習得した、「ワンシームの握りから人さし指と中指で挟む」(本人の弁)新魔球・高速シンカーが通用しなかったのである。

基本的に、中6日の「先発ローテ」から外されることがないから、東京ドームでの4月13日の対広島戦が、追い駆けてくるように待っている。

まして、外野のフィールド面積が狭い本拠地球場はホームランが出やすいと言われているので、ストレートのキレ具合・変化球・制球力の勝負になる。

そこで、自らが招いた自身の連敗と、チームの6連敗をストップさせること。

この「至上命題」が、シーズン序盤で菅野に突き付けられた。

そして、その日が足早にやってきた。

その結果、8回1失点・10奪三振の力投で、シーズン初勝利を挙げるに至る。

菅野、8回1失点で今季初勝利

「ホッとしています。長い野球人生で、必ずこういう時が来ると思っていました。一生忘れることができない1勝になりました」

これは、ヒーローインタビューでの、全く悪びれることのない菅野の言葉である。

本音である。

「一生忘れることができない1勝


絶対エースにも、こういう1勝がある。

「凄いピッチャー」・「良いピッチャー」であっても、投球マシーンでないから、この不甲斐ない結果を灼然(しゃくぜん)たる現象であると受け止めるしかない。

実は、ヤクルト戦(神宮)から高速シンカーを封印していたのである。

ブルペンで新魔球「高速シンカー」を投げる菅野

その代わり、フォークに切り替えていた。

それでも打たれた。

ショックだったに違いない。

だから、「一生忘れることができない」と吐露した。

広島・田中を見逃し三振に仕留め、ガッツポーズする巨人先発の菅野

初発の被弾は、相当に骨身(ほねみ)に応えるのだ。

「やりたいこと、やらなきゃいけないことを頭で分かっているけど、体が連動してくれない。劇的に1週間で変わらない」(日刊スポーツ・2018年4月7日)

初回だけで37球を要したヤクルト戦での不調に、為す術(すべ)がなかった。

「万策尽きた」とまでは思わなかっただろうが、「1週間で変わらない」状態をリ・イマジネーション(再構築)する簡便な手立てが見つからない。

何より、不調の原因が高速シンカーに起因しない現実に、一時(いっとき)、本来の「セルフコントロール」(自制)能力が有効に機能せず、メンタル面が凍り付き、立ち往生してしまったのだろう。

時間・体調・感情・モチベーションなどを、合理的に管理する「セルフコントロール能力」の重要性・イメージ画像

「元々、シンカーはダメだったらやめればいいと思っていた。ずっと言ってきたように、シンカーが投球のメインではないので」

これも、菅野の言葉

強がりのように聞こえるが、このコメントは正解である。

自分の現在の立ち位置を、客観的に理解した上での言葉だからだ。

「メタ認知」能力の高さを推進力にして、屈辱を力に変えた「絶対エース」

彼の凄さの一因は、「メタ認知」能力が群を抜いて高いという点にある。

だから、簡単に壊れない。

潰れない。

落ち込まないのだ。

「セルフ・ネグレクト」(自己遺棄)の心的状態に囚われ、一方的に下降していかないのである

死に至る無関心「セルフネグレクト」(イメージ画像)

「切り替えるということはしないです。引き摺ります。ただ、落ち込むことはしない。落ち込んだからといって消えないですから。前を向いてやりますよ」(【巨人】菅野「一生忘れられない1勝」屈辱受け止めシンカー封印  苦悩の2週間で復活・スポーツ報知 2018年4月14日)

この菅野言葉こそ、彼の「メタ認知」能力のさを検証する。

引き摺(ず)るが、落ち込まない。

落ち込んだら、メンタル面が穿(うが)たれ、空洞化し、堕(お)ちていくだけで、何も生まれない。

フィジカルな面の総体が、降下するメンタル面に呑み込まれ、心身ともに、スイッチオフの状態になり、プロのアスリートの生命線を遮断(しゃだん)してしまうのだ。

変化を強いられば強いられるほど、心の負担は大きくなる(イメージ画像)

「メタ認知」能力の高低が、プロのアスリートのパフォーマンスの成否を分ける。

菅野の場合、「自分が何者なのか」を認知し、その認知活動を認知する能力の高さを持つので、自らが「戻るべき場所」・「起動点」に立ち返ることが容易にできる。

「メタ認知」能力という「創造点進化」の温床は、枯れることがない。

「去年は(開幕から)上積みがあっての(5月30日の)楽天戦8失点、(6月6日の)西武戦5失点。それとは、自分の中でワケが違う。今、100%フルの状態でやられたなら、本当にやばいなと思うけど、状態的にこれから上がっていく。それが唯一の心の支えです」(同上)


楽天打線の餌食となった菅野

これも菅野の言葉だが、2017年の交流戦での、2戦連続KOと対比させつつ、「唯一の心の支え」という軟着点に帰結させていく合理的思考の結晶が、以下の言葉に収斂される。


「今はフォークがすごくいい状態。シンカーを投げていなかったら出なかった感覚です。多少遠回りはしましたが、決して間違いだったとは思わないです。(シンカーは)よくないんじゃないかという声もありましたが、投げることで得るものも大きい」(【巨人】菅野智之の2018年!不調から絶好調!新しい球種「シンカー封印」・yoshilover

これは、単なる薄っぺらなポジティブ・シンキングではない。

物事を冷静に考える彼には、高速シンカーの投球に対する「恐怖感」が絶無だった

猶々(なおなお)、高速シンカーの投球の経験を通して、自らのピッチングの幅を広げ、それが他の球種を生かす影響力に繋がったという自負の開陳(かいちん)であるが故に、「投げることで得るものも大きい」とまで言い切った。

私が目を見張ったのは、その後も、捨ててはならない武器として、適度に高速シンカーを投げていたという事実を知ったこと。

この事実は、菅野の言葉が、皮相(ひそう)な能動的思考の範疇を超えていることを明示する。

屈辱的なゲームの録画をシビアにチェックし、プロのアスリートとしての、自らの「起動点」に立ち返り、「これでいい」と再確認していく。

ここで想起するのは、ロッテとの交流戦(6月15日)の前に、ベンチにノートを持ち込み、各打者の特徴を記していたというエピソードである。

「バッターの特徴とか、1回しか対戦しない相手だから分からない。イニング間に見て確認していた」

これが、常に完璧さを求める努力を捨てない、菅野智之という男の真骨頂である。

自らが選んだ「職業」の「職域」において、万全の状態で臨むこの姿勢こそ、彼の学習能力の高さを堅固なものにする。

「体が連動してくれない」という辺りにまで追い詰められても、「今・この時点」で、できることは全てやる。

失敗したら、「その時」、考えればいい。

西武戦で、同点に追いつかれた6回を投げ終え、ベンチに戻り、降板する菅野
「恐怖突入」しなければ、欲しいものは手に入らないのだ。

覚悟し、恐怖突入する。

だから、絶対に逃げない。

それを具現したのが、4月13日の対広島戦だった。

最速152キロのストレートのキレがあり、縦のフォークの効果が有効だった。

ピンチでギアを上げ、打者を三振に取る。

いつもの、絶対エース・菅野智之の独壇場だった。

「屈辱と挽回」の「初動対応」が、ここに自己完結したのであ

東京ドーム・フィールド全景(ウィキ)

「自分が何者なのか」という、一筋縄ではいかない困難な作業を決してスルーせず、対峙し、確かめ、微調整していく。

このマイナーチェンジ(小さな手直し)によって、安々と定点が固まらない、「創造点進化」の揺曳(ようえい)の行程に滋養を与える。

「意味」と「価値」を付加するのだ。

一切は、「メタ認知」能力の高さの為せる業(わざ)である。

2017 WBC(第4回大会)で活躍する菅野智之

菅野を高く評価する、野村克也も語っていた。

「気合いとか、根性とかで乗り越えられることも確かにある。でも、我々はアマチュアじゃない。野球のプロフェッショナルという自負があるなら、それ以上のもの、つまり『頭のスポーツ』でファンを魅了することが大事なんだよ。巨人でいえば、ピッチャーの菅野(智之)は、そんな野球の本質に一番近いと思う。彼は自分をよく知ってるでしょ。豪速球が投げられないのを自覚しているから、コントロールと配球の重要性が分かっている」(日刊大衆 野村克也「巨人では菅野智之は自分をよく知ってるが…」ここがダメだよ日本プロ野球界)

野球解説者・野村克也

特段に異論がない。

特に、「コントロールと配球の重要性」は、菅野の生命線である


四隅(よすみ)に投げ分ける抜群の制球力なしに、菅野「創造点進化」はあり得ない。

それが、菅野の自信に繋がる。

(不運にも、「コントロールと配球の重要性」を、テレビ画面を通して菅野が学んだ伝説的投手・ロイ・ハラデイが、フロリダ沖で、自らが操縦する飛行機の墜落事故によって、急逝してしまった)

ロイ・ハラデイ・トロント・ブルージェイズでの現役時代(ウィキ)

四隅に投げ分けることに関心がなく、ど真ん中に平気で投げる投球をする「豪球投手」とは全く無縁に、ピンチでギアを上げる時に威力を発揮する、150キロ台のキレのあるストレートと、最後までグラウンドの中枢に立ち、ゲームを支配する「先発完投・完封」への拘泥(こうでい) ―― これが、菅野の自信=プライドの根柢にある

「大差で完封というのもあって、いろんな意見はあると思いますけど、完封は僕の美学でもある。そのときの気持ちは格別なものがあるので、どんな点差だろうが僕は大胆にど真ん中へ投げるようなことはしたくない。これからもゼロというものにこだわっていきたい」(2年連続沢村賞の巨人・菅野 カネやんに並ぶぞ・東スポWeb・2018年10月30日)

事も無げに言って見せたが、そういうことが分かっているから、菅野強いのだ。

それにしても、「僕は大胆にど真ん中へ投げるようなことはしたくない」という毅然とした言辞に感服する。

彼の自尊感情の芯(しん)に集合する、そこだけは譲れない堅固な心理的文脈。

感嘆するばかりである。

「メタ認知」能力の高さ。

それが、副交感神経を高めて眠りの質を良くするため、自宅で「温冷交代浴」を徹底する「自己管理能力」の凄みと溶融する。

スポーツの風景・「菅野智之は日本球界で最強の投手である ―― 「10完投200イニング」を目標にする男の真骨頂」

この「メタ認知」能力と「自己管理能力」が、彼の優れた投球術に支えられているから、菅野は強いのだ。

菅野の最強の武器のルーツは、この辺りにある。

ポストシーズン史上初のノーヒットノーラン(それも「準完全試合」)を達成し、レギュラーシーズンから5試合、41イニング連続無失点記録を続ける快刀乱麻のラストスパート。

「ど真ん中へ投げない」と言い切った男の一年は、あっという間に過ぎ去っていった。





2018年3月9日金曜日

「平昌五輪」 ―― 近代スポーツの宿命と結晶点


金メダルを獲得した日本女子団体パシュート
1  自らが背負った負荷を昇華する高梨沙羅の「恐怖超え」





近代スポーツの発祥地・ラグビー競技を生み出した「ラグビー校」(ウィキ)

近代スポーツは、の好奇心に睦み合うように作られていく

そこで作られた新種のスポーツは、時代の鮮度が削(そ)がれることがないように、万全のルールを作り、「より面白く」・「より緊張感を保証」し、観る者と一体化する競技を構築していく。

「競争性」と「偶発性」によって成る近代スポーツの本質である、「競争的偶発性」の純度を高めるまで構築されていくのだ。

かくて、鮮度の高い競技に観る者を釘付けにする。


大脳辺縁系が感受した刺激的情報が、瞬時に、間脳に位置する視床下部に伝達されるや、副腎髄質ホルモンが分泌される。


脳内での視床下部の位置。赤色で示す領域が視床下部(ウィキ)

視床下部が交感神経系に命じ、この副腎髄質ホルモンからアドレナリン(不安の除去)とノルアドレナリン(恐怖の除去)が分泌される。

また、副腎皮質刺激ホルモンも分泌され、コルチゾール(脳の海馬を萎縮させる)という「脳内ホルモン」=神経伝達物質に伝達され、血糖値を上げることで身体運動を活発にさせていく。

交感神経が振戦(しんせん・震えのこと)を起こし、消化機能を停止させ、膀胱を弛緩(しかん)し、心臓の心拍数を高め、血圧を上げ、瞳孔を開かせ、筋肉を刺激し、血糖値を上げることで身体運動を活発にさせていくのだ

感情の生理過程に収斂され、自律神経系(特に交感神経系)の活動によって生み出される現象は、人間の体内の本能的構造の所産である。

自律神経の基礎知識
この生理過程において、恐怖を感知したとき、人間は「逃走」を回避し、「闘争」に立ち向かうことで、自らを囲繞する「脅威的状況」を突破していくのである。

考えてみると、多くのアスリートにとって、競技そのものが恐怖=「脅威的状況」なのだ。

ここで、私は鮮明に想起する。競技そのものが、恐怖=「脅威的状況」に囲繞されたアスリートのことを。
高梨沙羅(ウィキ)
女子スキージャンプ選手・高梨沙羅(たかなしさら・
株式会社・クラレ/以下、敬称略)である。 

高梨沙羅は、シーズンごとの大会・スキージャンプ・ワールドカップでは勝利を重ねている一方で、オリンピックや、オリンピック以上に選手から重要視されていて、隔年開催の「世界選手権」(実力者が優勝するビッグイベント)といった大舞台(おおぶたい)で結果を出せないのだ


4位に終わった「ソチ五輪」
典型例を言えば、直前のワールドカップで圧倒的な強さを発揮し、金メダル候補の筆頭として臨んだ「ソチ五輪」女子ノーマルヒルで、首位のカリーナ・フォークト(ドイツ)に3位で肉薄しながら、2回目のジャンプで頓挫し、結局、金メダルとは縁遠い4位に終わってしまった。

この「ソチ五輪」から、向かい風ならポイントを引き、追い風だと加算する「ウインドファクター」距離が出にくい追い風の不利の解消を失くすため)が導入されていたが、高梨のジャンプは「ウインドファクター」の加算点を考慮しても、メダルに届かない失敗ジャンプった。


明らかに、高梨の「メンタル面の脆弱さ」が露わになった失敗ジャンプの現実は推して知るべしという印象を拭(ぬぐ)えなかった。

4位に終わった「ソチ五輪」
そのことは、「ソチ五輪」後の、打って変わったような高梨のワールドカップでの連覇記録の破竹(はちく)の勢いが、雄弁に物語っていると言える。

ワールドカップ通算53勝・歴代最多タイ記録保持者という、目が眩(くら)むような「単独行」の輝きが、「平昌五輪」が待つ2018年のシーズンに入るや、自家薬籠中の物(じかやくろうちゅうのもの)であったはずのリレハンメルでのワールドカップでは3位に留まり、結局、国内での札幌大会での2位が最高成績った。

マーレン・ルンビ・2013年(ウィキ)
因みに、「平昌五輪」で、女子個人ノーマルヒルを優勝したのは、マーレン・ルンビ(ノルウェー)、銀メダルはカタリナ・アルトハウス(ドイツ)。

共に、一気に力を付けてきた欧州勢ある。

そんな強敵揃いの中での、「平昌五輪「」の銅メダル。

ノルディックスキー・ジャンプ女子個人ノーマルヒルで銅メダルに輝いた高梨沙羅

高梨沙羅はインタビューの中で、悔しさを吐露しながら、喜びを隠し切れなかった。

今回もまた、「ウインドファクター」に翻弄され、刻々と天候が変わる苛酷な〈状況〉下で、「五輪」という魔物が棲む「戦場」が醸し出す、一種異様な空気に搦(から)め捕られつつ、必死に踠(もが)きながら、どうしても手に入れなければならない「特別の価値」を奪い取ったからである。

高梨沙羅にとって、「メダル」という、直径数センチ大の円形の延べ板は、珠玉なる「特別の価値」以外の何ものでもなかった。

色は何でも良かった。

「銅メダル如き」と言って、当て擦(こす)る者がいても、そんな雑音などどうでも良かった。

「ソチ五輪」の雪辱を果たすこと。

それだけった。


「平昌五輪」の高梨沙羅
雪辱を果たした風景の先に、もっと価値のある特別の、言葉にならないような、体全体で感じる微妙な感覚・「フェルトセンス」のような、未知なるゾーンが待っているかも知れない。

う、信じることで充分だったのではないか。

リアルに言えば、高梨沙羅の「平昌五輪の意味は、それだけったのだろう。

そんな彼女に、私は最大級の賛辞を惜しまない。

伊藤有希と抱き合う高梨沙羅
2回目の安定的なジャンプの着地後、高梨は笑顔でガッツポーズし、チームメートの伊藤有希(ゆうき・女子スキージャンプ選手)と抱き合ったが、このパフォーマンスの中に、彼女の「平昌五輪」の本質が率直に表現されているように思える。

「目標にしていた金メダルには届かなかったんですが、最後の最後に渾身(こんしん)の、ここにきて一番いいジャンプが飛べた。なにより日本のチームのみんなが下で待っていてくれたのがすごく嬉しくて。結果的には、金メダルをとることはできなかったですけど、自分の中でも記憶に残る、そして競技人生の糧になる、すごく貴重の経験をさせていただいたと思います。(略)やはりまだ自分は金メダルをとる器ではないとわかりました」(「ハフポスト日本版ニュース 2018年2月13日」)

このインタビューの中で重要なのは「自分は金メダルをとる器ではないとわかりました」という発言である。

「まだ自分は金メダルをとる器ではない」
他人に言われるまでもなく、高梨沙羅は、「メタ認知能力」(自己を客観的に把握する能力)の欠如である「対自己無知」(自分が分らない)ではない。

だから、「平昌五輪」が「競技人生の糧」になる。

「今・ここ」から再出発する。

そんな覚悟を言語化したのである。

前述したように、恐怖を感知したとき、人間は「逃走」を回避し、「闘争」に立ち向かう。

そこで、自らを囲繞する「脅威的状況」を突破していく。

多くのアスリートにとって、競技そのものが恐怖==「脅威的状況」なのである。

思えば、高梨沙羅には、「五輪」という魔物が棲む「戦場」そのものが、恐怖=「脅威的状況」だった。

「五輪」という魔物
彼女は「ソチ五輪」で、「競争的偶発性」という近代スポーツの宿命に嵌ってしまったである。

の後、周囲の揶揄(やゆ)に抗して、彼女は化粧を意識するようになった。

「キレイにしていることで、自信になるというか(中略)化粧をすることで、こう、スイッチが入るというか」

これは、「報道ステーション」(テレビ朝日系)での高梨沙羅の言葉。

私には、彼女の気持ちが透けて見えるようだ。

他者への関心を前提とする化粧行動を通して、自分の印象を適正に管理し、充分に視覚な自己表現を果たしていく。

「化粧をすることで、スイッチ・オンする」
その化粧行動によって、高梨が手に入れる第一義的な価値は自尊感情の強化である。

この高梨沙羅自己表現の本質は、非攻撃的で、適度な自己主張としての「アサーション」であると言っていい。

「化粧をすることで、スイッチ・オンする」


化粧行動が、自らを変えていくのだ

差別的なセクハラ行為の含みを持つ化粧行動それ自身が、様々な他者の視線を浴びることになるので、承認欲求を満たす一方で、鋭角的な視線の恐怖に馴致(じゅんち)することで免疫耐性を強化していく。

化粧行動の自立性
そして、それ以上に、化粧行動の自立性が、「スイッチが入る」精神状態を作り出す

この精神状態が自尊感情の強化に繋がるのだ

だから、高梨沙羅の化粧行動が、視覚的な自己表現をも超え、適度な自己主張としての「アサーション」と化す

「競争的偶発性」の純度を高めるまで構築されていく近代スポーツの宿命は、決して勝敗に拘泥(こうでい)しない、ジョギングのような「レクリエーションスポーツ」や、「自由自在」の「遊び」にまで下降せず、多くの場合、競技そのものが「恐怖超え」を必然化してしまっているである


高梨沙羅の「恐怖超え」
高梨沙羅の自我が、「ソチ五輪」から「平昌五輪」までの4年間に、自らが背負った負荷を昇華するには、この「恐怖超え」を突き抜けていかねばならなかった。

それが、高梨沙羅の「平昌五輪の全てだったのではないか。

私には、そう思われてならないである





2  「チームパシュート」こそ、鮮度の高い近代スポーツの結晶点である





繰り返しになるが、観る者の好奇心に睦み合うように作られ、そこで作られた新種のスポーツは、時代の鮮度が削(そ)がれることがないように、万全のルールを作り、観る者と一体化する競技を構築していく。

「競争的偶発性」の純度を高めるまで構築されていくのだ。

かくて、鮮度の高い競技に観る者を釘付けにする。

このとき、競技者観る者も、活性化したホルモン分泌によって「ハラハラドキドキ」という精神状態を作り出していくのだ

競技を介して、競技者と観る者が一体化するのである。


これが、近代スポーツ宿命である。

2012年ロンドンオリンピックにおける女子チームパシュート(ウィキ)
観る者の好奇心に睦み合うように作られた新種の近代スポーツの中に、自転車競技にルーツを持つ、抜きん出て面白い、スピードスケート系の「チームパシュート」という競技がある。

本来、個人競技であるスピードスケートに導入された初の団体競技で、2000年頃から始まり、「トリノ五輪」(2006年)から正式採用された歴史の浅い競技である。

この競技が面白いのジャンプ競技のように、近代スポーツの魅力の一つである「競争的偶発性」の純度の高さが保証されているばかりか、それ以上に、「戦略・戦術」が重要な要素になっているという点にある。

個人競技してのスピードスケートは、基本的に「強い者が勝つ」という印象を拭(ぬぐ)えないが、「チームパシュート」の場合、「団体追い抜き競技」と呼称されているように、必ずしも、常に好タイムで走り切るスピードスケーターの、その本来的な能力の高さで勝負が決まは限らないのである。

女子チームパシュートのスタート(ウィキ)
そこに、この鮮度の高い新種の競技の魅力がある。

「平昌五輪」で金メダルを獲った、日本女子の「チームパシュート」の場合、1チーム3名編成のスケーターが、1試合2チームという競技原則の中で、6周(2400m)でタイムを競うスポーツ。

この「団体追い抜き競技の特徴は、競技する2チームが横一線に並んで同時スタートをするのではなく、各チームがコースの反対側に分れて、同じ方向にスタートをするという方式をとっていること。

また、Pursuit(追撃)という英語で判然とするように、タイムを競う「団体追い抜き競技」は、3人目のシューズのブレード(スケートの靴に付ける金属の刃)の先端がゴールした時点がタイムとして記録されるので、横一線に並んでのゴールになりやすい。

従って、脱落者を出さないため、3人がいかに速くゴールするかという点がポイントになる。

競技がスタートするや、名の選手が縦一列に隊列を組むが、平均時速が50キロ近いので、先頭の選手が50キロの風圧を受け続けることになる。

日本女子チームは足運びから腕の振り方まで息ピッタリ
当然、先頭の選手の疲労が激しいため、先頭が後方の選手にコースを開けて譲り、追い抜かれて隊列の後方に付き、選手間での疲労の蓄積を分散するという合理的な戦術が用いられる。

ここに、「チームパシュート」の最大の魅力がある。

最も興味深いのは、コーナーで先頭を入れ替わりながら滑走しつつ、先頭の選手を風よけにしながら後方の選手の体力を温存するが、3名の選手が、最低でも1周は先頭を走行しなくてはならないというルールがあること。

だから、個人の力量が抜きん出ていても、その個人の力量が、「チーム」としての結集力に収斂されているか否か、それが勝敗の分岐点になる。

まさに、この「チームパシュート」こそ、トライ・アンド・エラー(試行錯誤)を重ねながら高度化した、鮮度の高い近代スポーツの結晶点であると言える。






3  「平昌五輪」 ―― 近代スポーツの宿命と結晶点





平昌五輪の「チームパシュート」の決勝で、日本が強豪・オランダを下して金メダルを獲得した余韻がまだ残っているが、動画で何度観ても、日本女子の「チーム」としての結集力に感嘆する。  

私が平昌五輪で最も印象に残り、絶賛したい競技だった。


400メートルのリンクを、3人で隊列を組み、6周する難しいレースを、日本は2分53秒89の五輪新記録で制したのである。

個々の力では、スケート王国・オランダのスケーターより劣っているにも拘らず、「空気抵抗」という最大の敵を巧みに利用し、それまで徹底的に合理的・科学的な鍛錬を重ねてきた、日本女子チームの「戦略・戦術」が見事に奏功し、完璧なチームワークで圧勝した。

これは、単なる「競争的偶発性」の勝利ではない。

日本女子チームが、年間300日を超える合宿によって、「空気抵抗」を軽減する鍛錬を重ねてきた結果である。


「一糸乱れぬ隊列」=「黄金のワンライン」

日本女子チーム
これを作り出すための鍛錬である。

人工的に風を作る風洞内で風速や圧力の分布を計測理想の隊列・先頭選手交代の効率を割り出す実験・「風洞(ふうどう)実験」を繰り返してきたことが決定的に大きい。

更に、選手の心拍数のデータを重視し、食事・栄養面の管理に及ぶ指導を図るなど、近代スポーツに総合的且つ、科学的トレーニングを積極的に導入したのだ。

徹底的な風洞実験を経て開発されたWARP TT(ロードバイク)

これは、近代スポーツに過剰なまでの精神主義を強引に組み込むだけの、「メンタル面」を強化する鍛錬と完全に切れている。

スピードスケートナショナルチーム(NT)の中長距離競技を率いて、殆ど完璧に成就したのは、オランダのコーチの力量に拠るところが大きかった。

件のコーチの名は、2017年段階で38歳のヨハン・デビット。

スピードスケートのアスリートだったが、記録を残すことのない無名の選手だった。

選手に向かないが、指導力はあった。

最新科学に基づき、選手の能力をマキシマムに高める指導を徹底する。


ヨハン・デビット
我が国のアスリートが、ヨハン・デビットの徹底的な指導を主体的に受け止め、実践していったのは、メダルがゼロに終わった「2014年ソチ五輪」の敗北で、スピードスケート競技のメダルに飢えていたからである。

ヨハン・デビットの徹底的な指導の成果が、個の力量頼る強豪のオランダの、強力女子チームに逆転勝ちし、金メダル獲得によって検証されるに至る。  

残念ながら、個の力量に頼るオランダの女子チームは、完成形の「チーム」を構築し得なかったということだ。

高木美帆
但し、年間300日を超える「風洞実験」が金メダル獲得に結びついたと言っても、中長距離走(500mから3000mまで)を熟(こな)すオールラウンダーのエース・スケーター・高木美帆(みほ)の存在なしに、日本女子チームの成功は覚束(おぼつか)なかった。

3人の息がピタリと揃った「黄金のワンライン」 ―― 高木美帆を中心にした日本女子チームの圧巻の滑り。

このフレーズに収斂される、平昌五輪の「チームパシュート」の優勝だった。

500メートルの銀、1000メートルの銅に象徴されるように、先頭からオールラウンダーのエース・高木美帆、決勝の序盤を比較的、時間帯を長くする滑りでオランダをリードした後、ヨハン・デビットの「戦略・戦術」通り、高木美帆が余力を残すため後ろに下がり、姉の高木菜那(なな)と佐藤綾乃(あやの)が粘り、中盤で逆転を許すものの、ラストで再び、余力を残した高木美帆が先頭で牽引(けんいん)して再逆転し、一気にゴールを走り抜けていく。  

日本が金メダル スピードスケート女子チームパシュート
紛れもなく、先頭の交代時のタイムロスを、限りなく少なくする滑り方などを研究し、磨き抜かれた鍛錬の成果が出た出色のレースだった

だからと言って、日本女子の「チームパシュート」は、オランダとの決勝に辿り着く行程が、常に万全だったと評価し得る訳ではない。

中でも、結果的には勝ったが、中国との準々決勝、後ろからの「待って」という声に反応し、フライングと勘違いした先頭の高木美帆がスタート直後、一瞬、体を起こし、足を止めてしまったレース冷や汗ものだった。

スターターの「レディー」から号令までが長いので、スタートの絶妙なタイミングを逸してしまったのである。

「間が長くて、タイミングが難しい」

レース後の選手の言葉ある。

号令までの長さは、テレビ視聴者にも分かるほどで、フライング起こりやすい印象を拭えない。

中国との準々決勝でのミス
ワールドカップで連勝中であっても、「冬季五輪」となると空気が違う。

何が起こるか、予想の範疇に収まらないのだ。

「競争的偶発性」の「偶発性」が、「五輪」のような大きな大会で発現するからこそ、瞬時でも集中力を切らすわけにはいかないのである。

その辺りが近代スポーツの面白さであるが、だからこそ、逆に、過緊張のセルフコントロール能力が求められるとも言える。

現に、中国との準々決勝では、中盤までタイムが遅れていたが、最後は実力の差が出て、一気に抜き返した。

しかし、相手がスケート王国・オランダだったら、得意の後半の逆転劇が頓挫(とんざ)した可能性が高い。

こに、「五輪」の怖さがある。

ジャンプを失敗したネイサン・チェン
この例は、優勝候補の一人・フィギュアスケート男子の米国代表・ネイサン・チェンが、団体戦ばかりか、個人戦でも、ショートプログラム(SP)の全てのジャンプを失敗し、17位発進という惨敗によって、メダルが絶望的になった痛切なエピソードを想起すれば充分だろう。

―― ここで、「4人目」の選手・菊池彩花(あやか)の存在価値について書き添えておきたい。

日本女子の「チームパシュート」は、高木美帆、高木菜那、佐藤綾乃、菊池彩花の4人チームで臨んでいた。

前3者が中心だが、最年長で170cm近い身長の菊池彩花は、絶対負けられない準決勝に出場し、その身長の高さが「壁」として重宝され、高木姉妹の完璧な風よけになった。

準決勝の対戦相手は、オランダと並ぶ強豪のカナダ。

菊池彩花に期待されていたのは、50キロの風圧を受け続け、自らが疲弊し切ることで、高木姉妹の脚力の負担を軽くすることである。

左から菊池彩花、高木美帆、高木菜那・準決勝のカナダ戦
最も速い高木美帆の脚力を生かすため、誰かが「犠牲」になる。

これが、「チームパシュート」の最大の魅力であり、「団体追い抜き」という競技の本質的価値である。

菊池彩花の存在の決定的価値は、まさに、ここにあった。

その準決勝で快心の滑りを見せた菊池彩花にとって、「平昌五輪」の意味は、ミスが許されないオランダとの決戦において、疲労を抜いた高木姉妹を万全の状態で送り出すことである。

だから、菊池彩花は、単に4人目の選手ではない。

菊池彩花
予備の選手でもない。

「チームパシュート」の不可欠で、絶対的に要請される選手なのだ。

こういう選手が普通にいて、普通にチームに溶け込み、いつものようにレースに参加する。

そして、勝ち切って優勝する。

左から菊池彩花、佐藤綾乃、高木美帆、高木菜那
金メダルを得た喜びを、皆と共有するのだ。

日本女子「チームパシュート」本来的な力道感、「競争的偶発性」の純度が、中国との準々決勝でのミスによって、一瞬、負荷を負ったが、ここに至るまで蓄積した、「黄金のワンライン」に収斂される総合的且つ、科学的トレーニングの鍛錬の成果が実を結び、プレッシャーの片鱗(へんりん)も拾えないような落ち着いたレース運びを完遂し、再構築する強さのうちに裏付けられたのである。

それは、ミスによって破綻してしまうレベルを超えていた。

―― この事実は、開催国・韓国女子のチームパシュート」信じ難い結束力の脆弱さと比較すれば、充分に検証できるだろう。

殆ど「チーム」が瓦解しているような韓国女子の「内紛」は、その後の7・8位決定戦まで尾を引き、惨憺(さんたん)たる様相を呈していた。

韓国女子パシュート
チームのノ・ソンヨンが隊列から遅れたことを、同チームのキム・ボルムとパク・チウが露骨な批判をしたことで、一切がダメになってしまったのだ。

元々、五輪前からチーム内の確執(かくしつ)が表面化していたと指摘されるが、そんな状態を野放しにしてきたスタッフ・選手の非主体的な行動様態に疑義を呈するばかりである。

3人又は4人で構成されるチームを組み、隊列を組んで速さを競う「団体追い抜き競技」・「チームパシュート」という、考え抜かれたルールを持つ競技から、万全の態勢で臨む「チーム」を構築する結集力が削(そ)がれてしまったら、個々のスピードスケーターを寄せ集めた小さな集団でしかないだろう。

「チームワークの崩壊は予想されたことだった」

朝鮮日報(日本語版)の記事である。

「一度も、一緒に練習しない」などという、伝えられている情報が事実なら、韓国女子の「チームパシュート」の自壊は、「約束された破綻」を上塗りするだけの現象だったと言う外にない。

キム・ボルムが涙の謝罪会見
韓国大統領府のウェブサイトには、キム・ボルムとパク・チウの代表資格剥奪を求める請願が寄せられ、50万人の賛同が集まったと報道されていたが、ただ絶句するのみである。

これは、韓国批判のブログとは無縁なので、エビデンス(根拠)の不明な言及を繋ぐのは止めておく。

私としては、「チームパシュート」の生命線が、「一糸乱れぬ隊列」=「黄金のワンライン」を完成形にするための鍛錬の累加にあると考えるので、その意味で、日本女子チームの優勝もまた、ほぼ、「約束された金メダル」であったと評価できる達成点だったと誇れるだろう

日本女子の「チームパシュート」の達成点は、「競争的偶発性」の純度の高さと、合理的・科学的なトレーニングをコアに据え、「戦略・戦術」が最も重要な要素になったことで、極めて鮮度の高い競技の訴求力を保証した。

まさに、「平昌五輪」は、近代スポーツの宿命と結晶点を表現する格好のステージになったのである。

【参考・引用資料】 「パシュートとは?ルールや見どころ解説!」

(2018年3月)



追記・【2018年3月10日に、「スピードスケート世界選手権」がアムステルダムで行われ、高木美帆が日本勢初の総合優勝を果たした。世界選手権で総合優勝6度に及ぶ、スケート王国・オランダの女王・イレイン・ブストを破り、遂に頂点に立った。快挙である】