巨人の絶対的エース・菅野智之は、今や日本球界でNO.1の投手である。
私は、勝手にそう思っている。
何もかも素晴らしい。
特に、2017年の成績は圧巻である。
2年連続3度目の栄冠に輝く最優秀防御率。
規定投球回数187 1/3イニングで、1・59という数字の凄みは、両リーグの投手との比較を考えれば了然とするだろう。
同チームで防御率2位のマイコラスが、投球回数188イニングの2.25(最優秀防御率のタイトルを獲得する際に必要な規定投球回数は、所属球団の試合数×1.0)で、14勝の成績は素晴らしいが、防御率3位の野村祐輔(広島)が投球回数1551/3イニングの2.78で9勝、防御率4位の今永昇太(横浜)が投球回数148イニングの2.98で11勝、そして、5位以下は全て防御率が3点台の成績だ。
2013年に長期離脱した左肩の炎症の怪我を乗り越え、開幕投手を務めた2016年に初めて規定投球回数に達し、今年、本来の才能を炸裂させた菊池雄星(きくちゆうせい)のピッチングは文句なしに素晴らしい。
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菊池雄星投手 |
球速への拘(こだわ)りがあるのか、スリークォーターから違反投球とされた二段モーション(注1)で投げる、切れ味鋭い150キロのストレートとスライダーで、8試合連続2桁奪三振でNPB記録を更新した則本昂大(のりもとたかひろ/楽天)と最多奪三振のタイトルを争うほどに、217の奪三振は図抜けている(則本が最後に逆転し、史上4人目の4年連続奪三振王のタイトルを奪取)。
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則本昂大投手(ウィキ) |
投球回数187 2/3イニングで、防御率1位の1.97も群を抜き、2.6434で防御率2位の千賀滉大(せんがこうだい/ソフトバンク)の、ぎりぎりの投球回数143イニング、更に、2.6438で同3位の東浜巨(ひがしはまなお/ソフトバンク)の投球回数160イニングを大きく離し、先発完投型の本格派投手に授与される最高の栄誉・沢村賞の候補になるのも頷(うなず)ける。
私個人の感懐を言えば、セ・リーグの全てのチームを抑えている菅野と比較して、肝心の優勝チーム・ソフトバンクから打たれっ放しで、8点台近い防御率の不甲斐なさは無視できないので、楽天とのファーストステージを勝ち上がり、ソフトバンクとのファイナルステージでリベンジできれば印象度がアップする程度であると思われる。
沢村賞に関して更に言えば、その選考基準が勝利数・勝率・奪三振・完投試合数など7項目ほどあるが、純粋に投手個人の能力である防御率と、先発完投型の本格派投手の証明となる投球回数の価値の高さを、私は重視している。
その意味で言えば、1・59という防御率の凄みは出色である。
とりわけ、今年は3月のWBCからフル回転し、ローテーションを最後まで守り切り、7月以降、12登板で10勝1敗で、防御率0・60という数字の凄みは決定的である。
どう転んでも、今年の沢村賞は菅野智之で決まりである。
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侍ジャパン・菅野智之 台湾打線を4回無失点(2017年3月1日) |
ここ数年、「得点援護率」(「援護率」)が極端に少なく、不名誉な「負け運」を引き摺っていた(注2)菅野は、2017年に「援護率」が3点台に乗ったことで、「自分が0点に抑えれば、負けることは100%ない」という心境を強いられていただけに、ようやく、字義通りの「絶対的エース」に落ち着くに至った。
巨人だけが20本塁打以上の打者が不在の中で、不名誉な「負け運」を払拭した絶対的エースの一気の跳躍。
1年間、ずっと見ていて、菅野智之の「一気の跳躍」は、不断に進化するアスリートの真骨頂が球史に刻まれたことを意味するだろう。
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菊池雄星の二段モーション |
(注1)ピッチング動作に移った時は「一連の動作」とされるから、投球を完結させねばならないということ。しかし、「一連の動作」についての国際化の定義が曖昧で、審判の主観とも言われ、他の投手にも適応される必要がある。
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野村祐輔(ウィキ) |
(注2)2016年の菅野智之の「援護率」は、セ・リーグ最下位の2.01で、セ・リーグ最上位で5.74の野村祐輔(広島)の半分以下だった。その結果、菅野は最優秀防御率ながら9勝6敗の成績に対し、野村は16勝3敗の成績になった。
2 自らのピッチングスタイルの完成形を目指す男
以下、私が菅野智之に強く惹かれる理由を書いていきたい。
その1。
その瞬間、投手が輝く奪三振の魅力に取り憑かれることなく、「打たせて取る」という、一見、地味なピッチングスタイルに拘(こだわ)っていること。
バットの芯を外し、下方に当てさせることで、低めに上手くコントロールする投球術に優れていることが必要条件になるが、当然ながら菅野は及第点である。
内野ゴロを打たせることができる投手のことで、MLBでは球数を節約する投球が高く評価され、DL(故障者リスト)入りを防ぎ、ローテーションを守るために必須な球数制限の制約に拘泥(こうでい)するのは周知の事実。
だから、奪三振の魅力に取り憑かれ、不必要なまでに球数を増やしてしまう「剛速球投手」は、必ずしも歓迎されない。
また、「グラウンドボールピッチャー」と対極の「フライボールピッチャー」は、外野ゾーンまで飛ばされるミスの危険性が常にあり、MLBでは評価が低い。
その典型が井川慶で、MLB・ヤンキースで2勝しか残せなかった(防御率は2年にわたって、6.25と13.5)。
「グラウンドボールピッチャー」(2016年のゴロの割合は55.3%)と言われている菅野智之だが、ゲームの状況を分析する能力の高さで、150キロのワンシーム系のストレートを勝負球にして、本来的な力投派・速球派の片鱗(へんりん)を見せることが多々ある。
「ワンシームは親指にボールの縫い目がくるように固定し、親指で支えている。だから、しっかりとした軌道を描ける」
菅野自身の解説である。
「ワンシームは親指にボールの縫い目がくるように固定し、親指で支えている。だから、しっかりとした軌道を描ける」
菅野自身の解説である。
それを証明するデータがある。
「2016年までの10年間で、満塁時に最も三振を奪った投手は」というテーマを指標にした調査であり、これは、ピンチを切り抜ける能力の高さ=「クラッチピッチャー」の重要な尺度となる。
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田中将大(たなかまさひろ/ウィキ ) |
その菅野が、2016年のシーズンまでに満塁の走者を背負った状態で対戦した打者の数は、プロ入り後、4年間で「64」。
その64回の満塁時の打席に対して、彼が奪った三振の数が「21」。
奪三振率にして「32.8%」という、抜きん出た数字こそ、ピンチに強い先発完投型の本格派右腕の証明である。
例えば、ノーアウト満塁の時、菅野はギアを上げ、打者を三振に取る。
そして、次打者を、抜群の制球力でゲッツーに取る。
或いは、俊足の打者なら三振に取る。
こういうピッチングができるので、常に失敗の危うさと切れている印象を与え、「フライボールピッチャー」というより、「グラウンドボールピッチャー」が醸し出す安定感を感じさせるのだろう。
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菅野智之・指先の強化トレーニング |
2017年での絶対的エースの一気の跳躍は、この数字を超えていることが予想されるが、残念ながら、2017年の数字のデータを未だ把握し得ないので、これ以上、書き添えることができない。
プロ入り後、スリークォーターから最高球速156キロを記録したストレート系(フォーシーム・ツーシーム・ワンシーム)を軸に、三振が取れるスライダー、カットボール、カーブ、フォーク、シュート等の多彩な変化球を持つ菅野智之の強みは、これらの球種を抜群の制球力で操れる能力の高さにある。
何より、ここで注目したいのは、菅野のストレートのレベルアップである。
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米国戦先発の菅野智之「HR打たれるならぶつける覚悟で」 |
これは、「世界野球WBSCプレミア12」で圧倒的な力の差を見せつけられた菅野が、ストレートの強化に重きを置き、そのために、「遠投」と「腕回りの強化」のトレーニングを徹底していく。
前述したように、このトレーニングによって、1年間で、ストレートの平均球速は2キロ上がり、空振り率も2倍になったことで、ストレート勝負が増していく。
このストレートをワンシーム(少し落ちるボール)で試したら、ゴロアウト率が86%に上昇し、菅野の強化トレーニングが実を結ぶのだ。
ワンシームによるゴロアウト率の上昇によって球数が減り、投球回数も増す。
去年のデータによれば、1イニング平均投球数が14.32になり、セ・リーグNO.1となる。
このストレートの進化で、切れ味鋭いスライダーが生きていくのである。
ボールにバックスピンをかけて投げれば、バッターから見れば、ボールが浮き上がってくるので、球速表示よりも速く感じる。
ストレートの回転数が多いと、この技術が有効になる。
これは、飛行機の翼によって機体を押し上げていく揚力(浮揚力)が発生する物理的メカニズムと同じであり、この物理現象を応用すればボールが浮き、伸びた球を投げられるのである。
ダルビッシュがバックスピンを意識した投げ方を練習している様子は動画で確認できるが、菅野もまた同様であると思われる。
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ダルビッシュのバックスピン |
ダルビッシュのストレートの回転数が2485回という情報をネットで知ったが、WBCの準決勝・米国戦での菅野のストレートの回転数は2513回と言われていて(カーブの平均は2859)、この数字はメジャーの平均値(2263回転)より上回っていた。
如何に、菅野のボールが打ちにくいかという事実を再確認させられる。
菅野の指先の感覚が、他のどの投手よりも優れていることがよく分る。
本人の話によると、こういうことらしい。
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前田健太投手のスライダーの握り |
オールスター戦の際に、前田健太からスライダーの握りを聞き、その握りを変えたら前腕の張りが強く出たことで、そのスライダーの握りに耐えられるように指の力を鍛えることをルーティンにして、3キロのゴムボールを上から掴んで持ち上げ、握って離して、握って離してというトレーニングを続けてきたと言う。
ゲームで、リリース時に指の力がボールに伝わり、「指にかかったボール」がいくようになったとも語る菅野智之が、そのトレーニングをルーティンにしたのは言うまでもない。
菅野の凄みを再確認するエピソードは、これで終わらない。。
中5日で時間が空いた時のブルペン入りした際についての、菅野のインタビューの反応を耳にして、また驚かされた。
「プロの先発投手の場合は連戦が少なく、中5~6日と時間も空きますが、そこに対して、菅野投手自身の工夫はありますか?」
この発問に対して、菅野は以下のように明瞭に答えた。
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読売ジャイアンツ 菅野智之投手「心技体ではなく、体心技の考え方 |
「プロになってからは、基本的に中6日の場合は、登板2日前にブルペンに入ります。中5日の場合は、ブルペンには入りません。皆、『たった1日でそんなに変わるの?』と思うかも知れませんが、その積み重ねがシーズン後半に響いてくるのです。
中5日だからといってブルペンに無理して入って、『心』はいいかもしれないけど、それは投げたっていう自己満足になってしまいがちです。中5日だからこそ、まず、体を万全な状態に持っていく。技術の部分は登板間隔が短いからこそ、前回の感覚を覚えていると思います。
逆にローテーションを任されるほどのピッチャーが、『ブルペン入らなきゃ不安』って言っているようじゃダメだと思います。だから、僕はもう、中5日の登板日の時は絶対にブルペンに入りません」
さすが菅野という感じだが、プロのアスリートの進化の片鱗が窺えるエピソードだった。
―― ここで「グラウンドボールピッチャー」にテーマを戻すが、MLB通を自称する人で、ロイ・ハラデイ(2013年に現役引退)の名を知らない人はいないだろう。
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ロイ・ハラデイ(ウィキ) |
浪人中(2012年)の菅野智之が、このMLBのテレビ中継に没頭していて、抜群の制球力から「精密機械」と称され、「投手にとって一番過大評価されている記録は奪三振であり、27個のアウトを27球で取るのがベスト」という持論を持つグレッグ・マダックス(現・投手コーチ)と共に、このロイ・ハラデイの投球術を見て制球力のスキルアップを目指す練習を繋いできたというエピソードがある。
彼が力投派・速球派でありながら、マダックスやハラデイのような「グラウンドボールピッチャー」の理想形を構築しようとしている思いが、ひしと伝わってくる。
コントロールに拘泥する菅野智之への高い評価は、既に、新人時代でも高い評価を受けていた。
「最も評価したいのがコントロールです。アバウトにコースに狙うのではなく、キャッチャーの構えたところにピンポイントで投げ込んでくる。ルーキーとは思えないコントロールの良さですよ。
(略)150キロを超すストレートがあるにも関わらず、それに頼ることはない。スライダー、カーブを中心に変化球の使い方もうまい。マウンドでは常に冷静で、自分の持っているすべての球種を使ってバッターを抑えている。本当のピッチングを知っている投手です」(「今や巨人のエース! 評論家7人の『菅野智之』論」より)
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「今や巨人のエース! 評論家7人の『菅野智之』論」より |
思うに、甥の菅野智之に力投派・速球派を求める、「偉大な伯父・原辰徳」の進言にも拘わらず、見た目が格好いい奪三振ではなく、「27個のアウトを27球で取るのがベスト」と考えるマダックスやハラデイを尊敬し、自らのピッチングスタイルの完成形を目指す菅野の言動に深い感銘を受ける。
それでも、得点圏に走者を背負った時には一気にギアを上げ、ストレートで強打者を三振に取る。
だから、私は菅野智之に強く惹かれるのだ。
3 自己管理能力の凄み ―― 驚嘆に値するプロ意識の高さ
私が菅野智之に強く惹かれる理由・その2。
自己管理能力が極めて高く、「リスクマネジメント」(ほぼ、危機管理能力に近い概念)をも包括したプロフェッショナル意識が抜きん出ていること。
自分自身で健康を管理するという意味で言えば、「セルフメディケーション」(健康の自己管理)の能力も半端ではない。
独学で睡眠学を研究するアスリートが、どこにいるだろうか。
副交感神経を高めて眠りの質を良くするため、自宅で「温冷交代浴」を徹底する。
自律神経には、緊張・ストレス状態の「交感神経系」(血圧亢進=闘争か逃走かという恐怖への反応である「闘争逃走反応」に関与)と、それと真逆で、リラックス状態の「副交感神経系」(血圧安定=食欲旺盛)があり、後者の機能を高めることは極めて重要である。
ここで言う交代浴とは、温かいお湯と冷たい水に交互に入浴することで、血行を促進する自然治癒法である。
詳細を書けば、まず、温かいお湯の浴槽の横にミニプールを膨らませて2キロの氷を5、6袋入れて冷やす。
そして、10分⇒5分⇒10分⇒5分という風に、ほぼ一時間を要して、「温冷交代浴」を繰り返していく。
体温を低下させてから寝ると効果があるという睡眠学の基礎に従って、最後は水風呂で終わるのだ。
これが、入浴が促す自律神経への刺激と血管の伸縮作用によって、血行促進を利用する「温冷交代浴」の本質である。
水風呂で終わる「温冷交代浴」の結果、毛穴が閉じて発汗しにくくなる。
また、温浴で温まった体熱が逃げることなく体内に留まるため、身体それ自身が丸ごと保温されるのである。
まさに「温冷交代浴」は、人間の自然治癒力を最大限に生かす方法であると言える。
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風呂上がりにストレッチを欠かさず、筋肉のダメージを防ぐため、マッサージで他者の手を借りない菅野智之流の「温冷交代浴」こそ、前述した「セルフメディケーション」の、舌を巻くほどに最も効果的な実践例だった。
そればかりではない。
菅野は、寝る姿勢にも拘る。
疲労回復には横向きが良いと学ぶが、菅野は本格派右腕なので、右肩に負担がかからないように、必ず左側が下になる。
本人曰く、「首を寝違えないように」とのこと。
だから、絶対にうつ伏せでは寝ない。
入眠の弊害になる物音を遮断するために、テレビをつけ、オフタイマーを30分に設定して目を閉じる。
彼は言う。
「シーズン中は、大体、皆、同じような練習になる。差がつくとしたら家での生活だと思うんです。それでも、技術が伴わないことがあるのが野球の難しいところなんですけどね。後悔はしたくないですから」
いつも書いていることだが、「日常性」とは、その存在なしに成立し得ない、衣食住という人間の生存と社会の恒常的な安定の維持をベースにする生活過程である。
従って、「日常性」は、その恒常的秩序の故に、それを保守しようとする傾向を持つ。
「日常性」のこの傾向によって、そこに一定のサイクルが生まれる。
この「日常性のサイクル」は、「反復」→「継続」→「馴致」→「安定」という循環を持つというのが、私の定義。
しかし実際のところ、「日常性のサイクル」は、常にこのように推移しないのだ。
「安定」の確保が、絶対的に保証されていないからである。
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「ショートカッツ」より |
「安定」に向かう「日常性のサイクル」が、「非日常」という厄介な時間のゾーンに搦(から)め捕られるリスクを宿命的に負っているからだ。(以上、人生論的映画評論・「ショートカッツ」より)
「日常性のサイクル」の「安定」を確保し得たであろう菅野智之にとって、限りなく、その状態を継続することが、「思わぬ身体的トラブル=怪我・体調不良」という、「非日常」の厄介な時間のゾーンに搦(から)め捕られない最も有効な手立てであるだろう。
「差がつくとしたら、家での生活だと思うんです」
この言葉は最高にいい。
高度なプロ意識そのものの、完璧な表現であるからだ。
彼の圧倒的な投球の源泉が、そこにある。
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「史上最弱巨人の救世主、菅野智之の『魔球』が打てない理由」より |
4 アスリートの基本は、「心⇒技⇒体」ではなく「体⇒心⇒技」である。
道上伯(みちがみはく)という男がいる。
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道上伯 |
その道上伯が、今では知らない人がいない「心・技・体」という言葉を世に残したと言われているが、真偽のほどは定かではない。
「(柔道の)最終目的は心技体の錬成であり、それによって立派な人間になることである」
1953年に来日したフランス柔道連盟会長に、道上伯は、このように答えたと言われる。
ただ、ここで言われる「心・技・体」という概念が、本来、柔道家に必須な「人格性」のバランスを意味するにも拘らず、日本人の多くが、「心⇒技⇒体」という順位をつけ、それを重要視する文化がユータナジー(安楽死)していない認識を前提に考えてみたい。
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アントン・ヘーシンク(ウィキ) |
なぜなら、この「心⇒技⇒体」というスポーツ文化の順位付けに、異論を唱えるアスリートがいるからだ。
言うまでもなく、そのアスリートの名は菅野智之。
彼は言う。
「野球選手として求められるものは、メンタル・技術・コンディショニングとありますが、全部を求めてしまうと僕はダメだと考えています。よく『心・技・体』と言われますが、僕が考える優先順位は『体・心・技』だと考えています。自分が一番大事にしているのは、コンディショニング(体)。技術は一番最後」
更に、高校球児へのアドバイスを送る。
「体が良い状態であれば、メンタル(心)は大丈夫だと思えますし、技術は正直、キャンプ中からやってきたものがあるから、そこは経験で補ってもいける。ただ、それはプロの世界だから言えることであって、高校生はやっぱり投げないと不安だと思います。
(略)高校生向けの話ではないかもしれませんが、それでも、メンタル・技術・コンディショニングの全部は追い求めてほしくはないですね。高校生だからこそ、『体』(コンディショニング)の部分はしっかりと作り上げていってほしいです。
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読売ジャイアンツ 菅野智之投手/「心技体ではなく、体心技の考え方」 |
(略)野球をやめても、食事・睡眠・入浴というのは、日常生活において誰でもやるわけじゃないですか。だから、あまり頭でっかちになるのも良くないけど、最低限の知識は持っておいた方が良いと思います。僕は今、振り返ってみて、高校生の時に、もっと遠投の意識を持っておけばよかったなとか思いますからね。投手は野手と違って、やれることは限られているので、自分で考えながら、自分なりの調整法を考えていってほしいですね」
以上、菅野智之の「体⇒心⇒技」論は極めて明快で、説得力を持つ。
これは、「心⇒技⇒体」というスポーツ文化の順位付けへの反駁である。
思い切り勘ぐって言えば、「精神主義」を高校球児に押し付けるスポーツ文化に異を唱えているようにみえる。
「自分で考えながら、自分なりの調整法を考えていってほしい」というアドバイスを送る菅野智之は、怪我によってポストシーズンでの戦線離脱という苦い経験を踏まえてなのか、自らの経験から学びつつ、思考しながら辿り着いた経験譚を平易に説く。
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イメージ画像・甲子園の土を集める高校球児(ウィキ) |
アスリートの個人差を無視し、肝心の「体」が悲鳴を上げているにも拘らず、徹底的な練習漬けによってのみ「心」が鍛えられるという、ある種の「人格性」重視の「野球道」が、なお野球界を牛耳っている風潮への、気持ち良いほどの異論であると解釈したいが、これはどこまでも私の主観に過ぎない。
「精神主義」より、「万全な体調」でゲームに臨め。
「万全な体調」が「負けない精神」を作る。
そういうことなのだろう。
全く異論がない。
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菅野智之の進化の根柢には「体⇒心⇒技」の実践がある |
なぜなら、「万全な体調」が「負けない精神」を作るという菅野智之のメッセージが、「中5日だからといってブルペンに無理して入って、『心』はいいかもしれないけど、それは投げたっていう自己満足になってしまいがちです」と言い切った印象深い言説のうちに凝縮されているからである。
5 菅野智之は日本球界で最強の投手である ―― 「10完投200イニング」を目標にする男の真骨頂
なぜ、菅野の球が打ちにくいのか。
ここに、一つの答えがある。
それは、投手・菅野が左足を踏み出したときには、もう、投手の上半身が打者に正対し、ボールを持つ右手が顔の前に出ているからである。
菅野の左足(ステップ足)の踏み出しと、右腕の振りが殆ど同時なのだ。
この左足と右手の誤差が少ないほど、打者は打ちにくい。
上体を高い位置から投げると、体と腕が前に倒れるために体全体に縦の動きが生まれる。
右足が前に大きく出るのは、それだけの勢いを生んでいる証拠である。
上体を高い位置から投げると、体と腕が前に倒れるために体全体に縦の動きが生まれる。
右足が前に大きく出るのは、それだけの勢いを生んでいる証拠である。
ゆっくり左足を上げ、真っ直ぐ(まっすぐ)な姿勢を保持し、しっかりと右足に乗ってから重心を移動する。
ゆったりとした仕種に見えるが、次の瞬間、急にボールが飛び出してくる。
だから、スピードガンの計測以上に、菅野のボールは速く、且つ、鋭く感じるはずである。
まして、そのボールが鋭く変化したら、打者は腰砕けになって手に負えないだろう。
史上初のトリプルスリー2年連続達成者である、ヤクルトの若き主砲・山田哲人を、切れのあるスライダーで空振り三振させたシーンこそ、ストレートを進化させた結晶だったと思われる。
山田哲人(ウィキ) |
ボールを速く見せる効果を持つ、左足を踏み出してから球が離れる速さ ―― これが、左足を踏み出したとき、右腕を後ろに残し、ためを作って、そこから勢いよく投げ下ろすという球界の常識を覆す、MLB流の菅野の投法である。
「左足を引くことによって、右肩が前に出る。加速する。より、ボールに力が伝わりやすいんじゃないか。球も強くなるし、面白いように空振りが取れる感じもあった」
菅野の言葉である。
投げ終わった時に、左足を引くキックバック動作。
小さなエネルギーで体を加速させることができるので、効率の良い体の使い方になる。
更に、この投法は力をコントロールするメリットがあり、100%で投げなくても、今までと同じような球速が出せるようになるということ。
「良い意味で手を抜く。打たれることを恐れない。今は50%もあるし、80%もあるという感覚。自分の中で割り切りができているからこそ、そういう場面になったらギアを上げられる。(略)今までは100%で投げていたから120%は出せなかった。50%、80%があるからこそ、120%まで上げられる」
これも菅野の言葉。
一切は、侍ジャパンのエースを任された、WBCで生まれた投球フォームの変化だった。
だから今や、得点圏にランナーを背負ったピンチの場面で、一気にギアを上げ、被打率は1割台になる。
これは、菅野の「専属」的な正捕手・小林誠司の言葉。
この勝負強さこそ、「10完投200イニング」を目標にする菅野智之の真骨頂である。
―― 本稿の最後に、菅野智之の凄みを検証し得るデータを書き添えておきたい。
現在、日本球界において公式記録となっていないが、投手の成績評価項目の一つに、「WHIP」がある。
これは、1投球回あたり何人の走者を出したかを表す数値で、「WHIP」=(与四球+ 被安打)÷投球回ということになる。
一般的に、先発投手なら、この数値が1.00未満なら球界を代表するエースと評価され、1.20未満ならエース級、逆に1.40を上回るとエース失格と評価れている。
熱心な野球ファンが調べたデータによると、2017年度・セ・リーグ投手成績「WHIP」ランキングは、以下の通り。
1位 菅野智之(巨人)が0.85。
2位 マイコラス(巨人)が0.98。
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秋山拓巳投手 |
5位 野村祐輔(広島)が1.22。
7位 井納翔一(いのうしょういち・DeNA)が1.27。
7位 バルデス(中日)が1.27。
9位 大瀬良大地(おおせらだいち・広島)が1.28。
10位 大野雄大(おおのゆうだい・中日)が1.31。
以上、どこまで正確性を有するかについて断定できないが、この「WHIP」ランキングは、概(おおむ)ね、セ・リーグの防御率ランキングと重なるので、大きな誤差が生じると言えないだろう。
いずれにせよ、これを見ても、巨人の強力な先発三本柱の存在価値の大きさが理解できる。
中でも、菅野智之の0.85という数字が突出している。
この事実は、一頭地を抜く菅野の能力の高さが、ここでも裏付けられている。
因みに、借金返済のたに、広島戦での中4日(7月5日)に加えて、6月からの中日戦から中5日を解禁し、以降、菅野智之は繰り返し中5日登板を任され、結果を出し続けてきた。
侍ジャパンに招致された他チームの多くの投手と、そこだけは切れ、WBCのエースだった疲労を全く感じさせない、この「WHIP」の数字は、ブルペンに無理して入らず、体を休ませる、菅野流の「体⇒心⇒技」によるコンディショニング作りの所産だったのである。
【リンク先は全て転載画像です】
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侍ジャパン・アメリカ戦(準決勝)の菅野智之 |
【リンク先は全て転載画像です】
【参考文献・参照・引用資料】
「読売ジャイアンツ 菅野智之投手「心技体ではなく、体心技の考え方」ttp://www.hb-nippon.com/interview/1507-intvw2016/6946-20160519no405?page=3 「史上最弱巨人の救世主、菅野智之の「魔球」が打てない理由 『小林信也』」「オピニオンサイトIRONNA」 サイトマップ・セレンディピティ「心技体の考えを取り入れ、ブレない軸を作る5つの方法」 データで楽しむプロ野球 巨人・菅野智之の進化とは?WBCの経験で得た投球フォームや投球術の変化とは?6月4日放送「Get Sports(ゲットスポーツ)」から 伸びる球の投げ方-ダルビッシュの練習法 今や巨人のエース! 評論家7人の「菅野智之」論 菅野、28人斬り完封で虎・秋山に伝えた極意 高いプロ意識で7月以降の防御率0・65 【侍ジャパン】菅野、千賀…米国の強力打線に好投した投手陣 打線の援護なく力尽きる 巨人 2-0 阪神 ・菅野智之投手は9回を投げ切り完封で16勝目!
(2017年10月)